L/Journal
Collaboration Works
Vol.10

雨 ame

美術作家・花道家

亀井紀彦

2023.08.22

生命としての“花”の美しさ、
その物語を映し出す作品たち

花道家であり美術家である亀井紀彦氏の創作シリーズ『雨』が、2023年7月に行われたhueLe Museum展示会で秋冬コレクションとともに会場を彩った。プリザーブドフラワーやドライフラワーの花弁や、クオリティの高い造花であるアートフラワーなどを使って表現されるアート作品の数々は来場者たちの目を惹きつけた。その反響は大きく、11月には急遽GINZA SIXのhueLe Museum店舗での展示も予定されている。「野生の花や自然を見てホッとするような感覚を、作品を通して感じていただけたらうれしい。静かに降る雨のように、乾いた心に潤いを与えられるような作品でありたい」と語る亀井氏。アートシリーズ『雨』の魅力についてお話を伺った。

華道で学んだ“思想の引き算”

亀井氏と花との本格的な出会いは、美術家として歩みはじめた大学時代。華道の美学に惹かれ、のめり込んだという。
「日本の華道の基本の考えである、“引き算の美学”にとても影響されました。例えばある花と向き合ったときに、自分の中でその花のどこに一番興味があるかを考える。この枝のこの曲線が綺麗だなとか。そこにもし僕が注目をしたならば、そこを一番綺麗に見せていくために、他を削除して、そこを目立たせるような形を考える。そういう発想を華道ではものすごく勉強できたんです。何かをそぎ取っていく引き算っていう要素もあると思うんですが、それよりも“思想の引き算”というか、考え方を引き算していくという創作の過程が、僕の中で一番腑に落ちたというか」

華道をきわめていき、花やその扱い方をもっと知りたいという思いで生花店で働いた経験も積んだ。だが、華道の道を突きつめていってもどこかに「腑に落ちない部分があった」という。「華道の精神を生かしながら、もっと自分らしい自由な表現ができないだろうか?」

花をめぐる、自然の物語をアートに

「花って、基本的にはおしべとめしべがあって、受粉して生命をつないでいくために虫たちや鳥たちが来るように香りを放っている。そこが、本質的なところだと思うんです。花だけの世界ではなく、花を取り巻く世界や時の流れに興味があるというか。ただただ花をアレンジして見せるというよりも、生命としての花を取り巻く景色や物語を表現できたら、と」
花に向き合うだけでなく、その花をめぐる自然全体を描き出したいという思いから、亀井氏は華道の世界に閉じこもらない自由な表現を目指す。

模索をする中で最初にできたのが『花山hanayama』という作品。両手におさまるほどの円形の皿状の器の中に小さな花をひとつひとつ挿していくことで描き出される、イメージの世界の花畑だ。また、鉄作家の手による蓋付きの小さい円形の容器に小花で作った花畑をとじこめた『玉手箱 tamatebako』は、『花山』のコンセプトに、自分だけで楽しむお守りのような要素が加わっている。

「『自然の景色を手のひらに』というコンセプトで作った作品たちです。僕が思う理想の花畑を描いています」
『花山』で亀井氏が表現した花の世界観は高く評価され、IFFT(インテリアライフスタイル リビング)」で「Young Designer Award 2019」を受賞。それをきっかけに、海外のアート展にも参加するようになった。

作品に香りという異質な要素を掛け合わせる

「海外での展示に向けて作ったのが『景色風 keshikifu』です。これは、視覚に訴える花のアートに、“香り”という要素をミックスさせたもの」
鹿児島・桜島で採取した浮き石にプリザーブドフラワーやドライフラワーを挿しイメージの世界の花の景色を描き、そのイメージに合わせたアロマオイルを作品に1滴垂らすことで、タイトルどおりそこにそよぐ「風」を感じさせるフラワーアートだ。

「いろんな要素を掛け合わせることでより深い表現が生まれた作品です。『景色風』では、石のように半永久的なものに、すごく刹那的で儚い香りを掛け合わせました。そうすることで、自然全体の本質的なものが作品に映し出される」

『時山 tokiyama』も、異なる性質の要素の掛け合わせで表現された作品だ。プリザーブドフラワーの葉や苔で作られた小さな緑の山、その中にごく小さなガラスの一輪挿しが隠れている。
「これもプリザーブドのグリーンに、持ち主が自分で選び、つんできた小さな生花をあしらっていただくことで、そこにしかない風景が生まれます」

生活の中に潤いや癒しをくれるアート

自然の本質を描き出す、亀井氏の“夢の風景”を体感できる作品が『円窓marumado』だ。円形のプレートに、アートフラワーを使って美しい景色を描き出し、絵画のように壁に掛けて鑑賞する作品。
「これは小さなアートフラワーを材料に、僕の中の理想の景色を描いた作品です。非日常で、あり得ない景色。言ってみれば、天国のような。壁に飾った円窓を見ていただいて、ちょっとした癒しを感じたり、自然を感じてもらえたら、と思います」

7月の展示会では、ボディに着せられたhueLe Museumの秋冬の洋服たちが並ぶ中、飾られた『円窓』はファッションにも負けない存在感だった。亀井氏は、そこに、今までにない新鮮な雰囲気が生まれていることに驚いたという。
「服の存在って、人の気配なんですよね。新しい季節のファッションが並ぶことで、そこに人のリアルな生活の雰囲気が漂っていて、『円窓』はその雰囲気に溶け込んでいるように見えます。『円窓』の景色がより生き生きと見えている気がします」
現実と夢のうつろいを表現するようなアート作品だからこそ、日常に溶け込むことでさらに作品の魅力が輝くのかもしれない。11月のhueLe Museum のGINZASIXでの展示でぜひ体感してみてほしい。

亀井 紀彦

Norihiko Kamei

美術作家 ・ 花道家
1981年大阪府生まれ。
2007年東京造形大学大学院造形研究科卒業。
茶道や華道など日本文化に内在する美意識と、自然と人為の境界を漂う独自の自然観で、静謐な情景を表現した作品を制作。
近年は国内外で自身のアートプロダクトブランド「雨」を発表。2020年7月には神奈川県鎌倉市にアトリエ「雨 北鎌倉」を構える。